美術を身近なものに!クロスロードを駆け抜ける新たな挑戦

株式会社麗人社 代表取締役社長 野口和男 氏

約2,000曲の作詞を手掛け、シングル総売上数5,000万枚以上を誇る作詞家・松本隆氏が活動50周年を記念して今年7月にトリビュートアルバムを発売した。そのCDジャケットには、真っ白なイヤホンを両耳に当て、静かな表情で音楽に聴き入る黒髪の少女が描かれている。
作者は山本有彩という新進気鋭の若い日本画家だ。松本氏はSNSで彼女の絵を知り、ちょうど個展を開催していた日本橋の「REIJINSHA GALLERY (レイジンシャギャラリー)」を訪問。そこで展示されていた最も大きな作品を購入し、数日後に自身のトリビュートアルバムのジャケットへ起用する作品をギャラリーを介して彼女に依頼した。予想もしなかった大役に驚愕しながらも彼女は依頼を引き受けた。
この一件を誰よりも喜んだのが、REIJINSHA GALLERYのオーナーであり株式会社麗人社(本社・大阪市北区)代表取締役社長の野口和男氏だった。同社は国内外での美術展開催、美術誌出版、ヴァーチャル・アートミュージアム運営など、アート普及に関わる幅広い事業を手掛けている。その中のひとつであるギャラリー運営は「若手作家に活躍の場を提供したい」という野口氏の想いから始まった事業だったため、喜びもひとしおだった。
もともとギタリストとして音楽の道を志していたという野口氏。どのようなきっかけから美術界へ足を踏み入れることになったのだろうか。自身の半生を振り返りながら語ってもらった。

美術を身近なものに!クロスロードを駆け抜ける新たな挑戦


ブルースギタリストを目指した青年時代


野口氏は1959年徳島に生まれ、5歳当時に両親の離婚から母親と大阪で暮らすようになった。小学生時代より音楽に興味を持ち、高校ではブルースバンドを組んでギターに熱中した。岡林信康やボブ・ディラン、高田渡、加川良などのアングラフォークからブルースの憂歌団、T-ボーン・ウォーカー、ゲイトマス・ブラウンetcと、若き日に心酔したミュージシャンは数え切れないという。中でも岡林信康は、まだ12歳で反戦歌の意味も分からない頃に彼のギターと歌をコピーし、子どもなので髭は生えないもののヒッピーのような髪型や服装まで真似ていたらしい。

高校時代はギタリストになることを夢見ていました。しかし現実は音楽を生業にできる人間はほんの一握りです。悩んだ末、卒業後は商社の営業職に就きました。ただ、そんな気持ちで入社しているので仕事に身が入らなくて、そこは2年で退職してしまいました。退社後、音楽以外で自分の人生を拓くとしたら何があるかと考え、思い浮かんだのが“絵”でした。小さい頃から絵がわりと上手な方だったんです。会社を2年で辞めてデザインの専門学校に少し通った後、グラフィックデザインの仕事に就きましたが、その間もライブハウスで演奏したりしてギターは続けていました。
当時の私にとって音楽は『生きていくうえで無くてはならないもの』だったんです。黒人が演奏する神がかり的なブルースに魅かれて、そのニュアンスを自分のギターで表現したくて毎日練習していました。20代の頃の私は、何をしても結局『ブルースギタリストになる』という夢を諦めきれずにいたように思います。

美術を身近なものに!クロスロードを駆け抜ける新たな挑戦写真右:26才当時の野口氏


そんな想いを断ち切る転機となったのが、アメリカへの1人旅だったという。当時既に30歳を目前にしていた野口氏は、ブルース発祥の地であるアメリカ南部の音楽を直接聴こうと思い立ち、海を渡り4か月間の旅に出た。テキサスのサン・アントニオ、ニューオリンズ、メンフィス、ナッシュビル、セントルイス、そしてシカゴ。音楽に導かれながら1人バスに乗り「ルート61」を北上していった。

旅先では食費をスーパーのパンなどで抑え、毎日ライブハウスへ行って、生の音楽を聴きました。特にシカゴの音楽レベルが凄かった。呻きや喋り、叫びのニュアンスを持つ彼らのギターを目の前で聞いて、多分この表現は黒人じゃない自分には無理なんだろうと痛感しました。私はこの旅でブルースの神髄に触れると同時に、ブルースギタリストとしての道を断念したのです。ただそれだけでなく、新しい可能性も見つけることができました。ニューヨークのソーホー(※)で、当時活気づいていたアートシーンを知ったんです。私の進む道は美術の仕事にあると確信し、帰国後すぐに美術出版社に就きました。
(※)ソーホー:アメリカのニューヨーク州ニューヨーク市にある当時のアート街

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「麗人社」の誕生


帰国後に野口氏が就いた仕事は、作家に雑誌掲載を勧める電話での営業だった。自身が絵をたしなむこともあり、野口氏は顧客である作家の「認められたい」というニーズを的確に掴むことができた。入社早々好成績を打ち出し、瞬く間にリーダーへ抜擢。やがて通常業務以外に海外での個展や団体展を企画するなどして事業拡大にも貢献したが、90年代初頭になるとバブル崩壊を背景に会社の経営が一気に傾き始め、給与の未払いが数ヶ月続く。会社の方向性に疑問を感じ始めていたこともあり、野口氏はこれを機に独立を考えて意気投合した同僚2人と共に3人で1993年に会社を立ち上げた。
それが「麗人社」だった。

まずは大阪市内の会場を借り、作家100人が出展料を負担して参加する展覧会の実施から始めました。この種の展覧会事業が現在も主要事業になっています。作家たちに対して個展やグループ展とは違う、作家数人では到底開催できない大規模な展覧会の壁を提供し、出展料をいただくことで事業を収益化させていますが、必然的にスケールメリットがあり来場者も多くなります。今は国内だけでなくスペインやフランス・エジプトや中国など14か国で展開しています。海外の場合、会場探しから様々な申請手続きが伴う輸出入・荷受け・展示・撤去など国ごとに違った手間を要するのですが、そういった煩雑さを解消するための代理業務とも言えます。また、出展後のケアを手厚く行うところに当社の特色があります。例えば1997年よりモナコ公国の文化庁や観光会議局と共同で開催している展覧会では、出展する約150~200名の作家に対して、現地美術評論家のコメントや写真などを報告書として個別にお渡ししています。作家にとってプロから見た作品への評価が最も大きな関心事なのです。こうした姿勢と長年続けた継続力は作家だけでなくモナコ公国の政府にも評価され、2009年に文化交流に対する貢献の証として、王宮内でアルベール大公ご本人より「シュヴァリエ文化勲章」を受勲しました。唯一の自慢ですが(笑)
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展覧会事業と同時で創立時に始めたのが出版物の発行です。これは社会全体のアートリテラシー向上を目的としています。もちろん広告収益のある出版物が主体になりますが、2007年からはほとんど広告のない『美術屋・百兵衛』という美術誌を510円で発売しており、2022年よりWEBに切り替え無料配信していく予定です。WEBであれば場所を選ばずいつでも読めるので、今より多くの方に美術を楽しんでいただき、美術知識を増やしていただけるだろうと考えています。SDGsやDX化の観点からも、様々な部分でのペーパーレス化は今後も進めていきたいですね。

2011年からは東京の銀座で企画ギャラリーの運営も始めました。この事業は若手作家育成を主な目的としています。東京の高い家賃や人件費を負担し、出展料は一切もらわず売れたら作家へ50%を還元するので、実はほぼ収益がありません。しかし『才能ある作家にスポットを当てたい』という創業当初からの私の想いを実現するために、日本橋に移転しましたが継続して今も運営しています。作詞家・松本隆さんと山本有彩さんとの出会いのように、若手作家が世に羽ばたいていくための場としてこれからも大事にしていきたい事業のひとつです。

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全社員受験する「美術検定」


作家が出展料を負担する展覧会企画事業の場合、似たような業態の企業も多くあるが作家集客の営業方法に疑問があると野口氏はいう。選考もせず「〇〇賞に選ばれました」などというのがその一例で、他にもルーブル美術館がある地下街一角の貸しスペースで展覧会を開き、「ルーブル美術館で開催」などと作家を騙すことがあるようだ。平気でそれが言える企業の社員は、社員教育によるモラルやアートリテラシーが低いように野口氏は感じているとのこと。そうした企業と一線を画すため、麗人社は理念浸透型でクレド遵守の経営スタイルをとってモラルを重視し、美術検定の全社員受験も推進している。

社員の金銭的モチベーションではなく、内面的モチベーションの高い企業でありたいですね。そのために活用しているのが美術手帖を発行する美術出版社が2003年に開始した「美術検定」です。美術に関する知識量を問う資格で、1級は学芸員レベルの難易度を有します。この資格を全社員に受験させ、「美術界のプロ集団」という意識を社内に浸透させるようにしています。また社員には競争意識ではなく共感意識を強く持ってほしい。コロナ禍を含め、これからの時代は不確実性がさらに高まっていくでしょう。そうした局面でも推進力を発揮できるのは、やはり考え方が一枚岩になった企業だと考えるからです。


ヴァーチャル・アートシティ「Gates(ゲイツ)」


2020年初頭からのコロナ禍では、海外での展覧会を主軸とする同社も大きな打撃を受けた。緊急事態宣言が始まったころの発案から約1年を要したが、2021年4月より、野口氏は第4の柱となる事業としてVR(仮想現実)を駆使したインターネット上のヴァーチャル・アートシティ「Gates(ゲイツ)」を始動させた。敷地面積3万㎡を想定して創られた仮想都市で、高さ80mの「Gates Tower(ゲイツタワー)」を中心にミュージアム・アートストア・メディアセンター・コンベンションセンターを四方に配置したCGの巨大空間だ。

美術を身近なものに!クロスロードを駆け抜ける新たな挑戦

ミュージアム内の展示室は5つあり、天空を望む屋外展示室といった現実では不可能なVRならではの空間も用意しています。梱包資材や輸送燃料の削減によってCo₂排出抑制に寄与できる点なども含め、時代に沿った新しいミュージアム形態だといえるでしょう。5Gが普及すれば各室300点の展示も可能になりますので、今後は展示作品の数に力を入れていきたいです。
アートストアでは、ミュージアム内の作品を実際に購入することができます。世界のアートマーケットは7兆円規模で動いていますが、日本のシェアはその1%にも満たないという状況です。日本の場合、美術は非営利の社会教育だという考え方が根強くあるため『買うもの』という意識が極端に薄いのでしょう。それを変えていくためにも、Gatesでは絵を鑑賞しながら気軽に価格比較や購入を行えるようにしています。アートを『観て楽しむ』だけでなく『買って楽しむ』という文化をもっと醸成させていきたいですね。マーケットが成長すれば作家は収入が増えるので創作に専念でき、より素晴らしい作品を世に送り出せるようにもなります。家にお気に入りの絵がある生活っていいものですよ。ひとつ本物があると、またもうひとつ欲しくなる。そんな心理も働くのでアートの知識も増えてきますよね。

メディアセンターは、様々な情報の発信基地として2022年よりスタートさせる予定です。社会全体のアートリテラシー向上を目的とする点は、既存事業の美術雑誌と同じ役割を果たす場だといえるでしょう。アーカイブなどデジタルならではの大量な情報がストックできる特性を活かし、多くの人に役立ててもらえるアートメディアのプラットフォームを目指しています。
コンベンションセンターはGates内で最も広い建物で、美術展というよりもヴァーチャルによる国際アートフェアなどが開催できるように想定しています。細かく区切りをつけ、100人単位のミニ個展を同時開催するなんていうことも考えられますよね。2021年からは、『社会と美術界の懸け橋となり、世界の文化発展に貢献する』という私たちの理念を、デジタル世界の中でも実現させていくので、楽しみにしていてください。



ミュージシャンではなく、アート業界の経営者として独自の路線をつかんだ野口氏。それは「はっぴぃえんど」のドラマーから作詞家へと転身して大成した、松本隆氏の経歴とどこか似ている。2人とも、1番目の道が必ずしも最良の道になるとは限らないことを示しているからだ。

29歳の時のアメリカ旅行で音楽を生業にすることは断念したのですが、音楽そのものは今も変わらず『生きていくために無くてはならないもの』です。実は数年前に昔のメンバーとバンドを再結成し、ライブハウス出演のために月1回の練習を始めました。オヤジと呼ばれる年代になって、昔と違い演歌だったりボサノバだったり色々聴くようになったんですが、練習する曲はやはりブルースです。極端に物覚えは悪くなったんですが(笑)。


今、野口氏は音楽をアートに変えてさらなる道、そう”ロバート・ジョンソンが悪魔に魂を売り、その引き換えに演奏テクニックを身につけた場所”「クロスロード」を疾走し続けている。


株式会社麗人社
本社:〒530-0001 大阪市北区梅田1-1-3 大阪駅前第3ビル 28F
オフィシャルサイト:https://www.reijinsha.com/
REIJINSHA GALLERY:https://www.reijinshagallery.com/
ヴァーチャルアートシティGates:https://www.gates-art.com/

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