「綺麗ごと」を実現するのが事業

株式会社ペイフォワード / 代表取締役 谷井等 氏



あなたはもし、交差点でまわりの人が全員信号を無視していても、自分だけは無視せずにとどまる自信があるでしょうか。あなたが最後に、電車で席を譲ったのはいつでしょうか。大人になって社会に出ると「いいと思うこと、悪いと思うこと」を、そのまま行動に移すことが難しく感じるときがあります。そんな小学校の道徳で学ぶような「綺麗ごと」を愚直に実行し続けることで、楽天やヤフーへの事業売却大手IT外資企業との協業などを成し遂げてきた実業家が、株式会社ペイフォワード代表取締役谷井等氏です。

「綺麗ごと」を実現するのが事業

2度のEXITを経験した実業家の素顔


谷井氏が本格的に実業家として活動を始めたのは、ITバブル全盛の1997年。「メーリングリスト」という言葉がまだ広く一般に認知されてなかった時代に、無料のメーリングリストを広告で収益化するビジネスモデルを確立しました。2000年には楽天に会社ごとサービスを売却し、メールマーケティングシステムの開発・提供を行うインデックスデジタル株式会社を設立。その後立ち上げた複数企業を含めた組織再編を経て、2006年にシナジーマーケティング株式会社を設立。国産の顧客管理システム「Synergy!」を生み出します。2014年には2度目のEXITとなる、ヤフーへのシナジーマーケティング売却を成立させました。2021年現在は、2019年に買い戻したシナジーマーケティングの取締役会長神戸大学客員教授マンダム社外取締役などを務めつつ、ベンチャー支援を目的とした株式会社ペイフォワードの代表取締役として指揮をとっています。

※EXIT:ベンチャービジネスなどにおいて、創業者が大企業などに株式を売却し、資金を得ること。

実業家として輝かしい経歴を持つ谷井氏ですが、幼少期は「人から注目を集める」経験はまったくなかったといいます。
小さい頃にクラスでリーダーシップを発揮した経験は、まったくないですね。先生からの受けはよかったので、学級委員はよくやっていましたが、友達が集まってくるタイプではなかったです。みんなが校庭で遊んでいる中、自分だけ星新一の小説を読んでいるような、自分の時間を大切にする子どもでした。


「綺麗ごと」を実現するのが事業

実業家といえば、強烈なリーダーシップを発揮して周囲の人々をグイグイ引っ張るようなイメージですが、少年時代の谷井氏は、そのイメージからはかけ離れた子どもだったようです。しかし、実業家としての「教育」は、少年時代から受けていました。谷井氏の実家は九条の洋品店で、父親からはよく「何か自分で事業をやりなさい」と言われていたそうです。
おそらく父は「実家の洋品店を継げよ」という意味合いで言っていたのだと思いますが、勘違いして、自分で事業を立ち上げてしまいました(笑)。今思うと、父親からは英才教育を受けていたなと思いますね。中学一年生の頃、洋品店の店舗を建て替える必要がありました。夜に父親が「お前だったら、店舗をどうやり直す?」と聞いてきて、いろいろ議論をしているうちに、空が明るくなってもう明け方や、みたいな。別の日には東京の銀座まで出向いて、建物のデザインなどを調査したこともありましたね。


転機となった大震災


谷井氏の人生で大きな転機となったのは、阪神淡路大震災でした。高校を卒業して神戸大学の経営学部へと進学した谷井氏は、在学中に震災に見舞われます。幸い、谷井氏は震災発生時、大阪の地元に戻っていたため無事でしたが、谷井氏の友人のひとりが、震災で命を落としました。
彼にも夢や希望、やりたいことはあったのに、その人生は突然終わってしまった。自分の人生も、いつ終わるかわからない。夢や希望があるなら、いますぐ実行したほうがいいと思ったんです。その時の自分にとってのやりたいことは、自分で商売をすることでした。大学時代の同級生と集まって、教科書の中古販売を始めたのが、最初の起業経験です。


大学卒業後はNTTに就職した谷井氏でしたが、大きな組織の歯車では、全体をコントロールできないもどかしさに悩みます。震災の時に心に刻んだ「やりたいことを、やりたいときにやる」を実行できないと思った谷井氏は、わずか1年弱でNTTを退職しました。

子どもの頃から「自分で事業を回す」ことを、実家の洋品店を通して見ていますし、学生時代に自分で起業した経験もありました。ところが、社会に出てみると、自分でやれることがとても制限され、決められたことしかできない。自分が権限を持って何かをやるには、最低でも8年はかかりそうだと。待てないな、と思いました。あとは、単純に週3・4回は遅刻するほど、朝が苦手だったというのもありますけどね(笑)。


実家の洋品店をすぐに黒字化、事業立ち上げへ


NTTを退職したあとは、実家に戻り洋品店を継いだ谷井氏。現在は「ホワイティうめだ」がある、梅田地下街に出店していた赤字の支店を、品揃えを一新することですぐに黒字化してみせます。

「綺麗ごと」を実現するのが事業

やったことは単純で、店舗の前を通る人を調査して、それにあったブランドを仕入れただけ。当時店舗が取り扱っていたのは、メンズはちょっと高めのカジュアル、レディースは安いマンションメーカーの服でした。どんな人が通っているか把握するために、店舗前の通行人を属性別にカウントして集計してみたら「サラリーマンばっかりやん」と。当時、店舗の前は人通りは多いが東通りに飲みに行く人たちの通路でしたから、当たり前ですよね。一方当時の洋品店の品揃えといえば、ちょっとやんちゃでカジュアルな服。「そりゃ売れへんわ」と思って、ビジネスマンをターゲットにしたブランドに変えたのが成功しただけなんです。

※マンションメーカー:スタッフ数人程度の規模で創作・営業活動を行うメーカーのこと。

谷井氏は「単純」と語りますが、品揃えを一新することは相当の勇気と決心が必要なはず。自分で調べたデータや考えに従って行動できる部分に、実業家としての才能が垣間見えます。その後「自分でイチから起業したい」と考えた谷井氏は、NTT時代の元同期と一緒にメーリングリスト事業を立ち上げます。
洋品店が波に乗ってきた時に、「よかったなぁ、こんなええ店用意してもらえて」と、取引先に言われたんです。でも、黒字にしたのは私なんですよ。やっぱりゼロからやらないと認めてもらえないと思って、自分で事業を始めました。最初の2年はお金がないので、洋品店と並行してやっていましたね。メーリングリストは、メンバーで新規事業のネタを考えながら酒を飲んでいた時に浮かびました。NTTにいた時、メーリングリストは社内インフラとして利用できたんです。でも、NTTを出るとそういうサービスがない。そこで、メーリングリストサービスを無料で作って、広告で収益を得るというビジネスモデルを思いついたんです。

メーリングリスト事業を立ち上げたあとは、本格的に実業家としての道を歩んでいくことになります。

敏腕実業家に見える谷井氏の素顔


実業家としての才能を発揮させ、実家の洋品店をすぐに黒字化した谷井氏。ただ、洋品店を継ぐまでのあらましは、敏腕実業家のイメージとは似ても似つかぬものだったようです。
NTTを辞めて実家に帰ってからは、昼まで寝て、夕方からビール開けて、夜は友達と飲みにいく。こんな生活をしていました。さすがに両親から「親に申し訳ないと思わんのか」と叱られて。「そうやな」と思って「親父の店で働かせてくれへんか」と言っただけなんです。親父としては息子に継いで欲しいと思っているわけですから、満更ではないですよね。

最初に立ち上げた会社でも、社長として自分の考えを社員に伝えようと奮起しましたが、大失敗したと谷井氏は語ります。

社長なので、社員に自分の考えを語らなければいけないし、想いを語らなければいけない。それで人を集めて話し始めたんですが、何をしゃべったか全く覚えていないんですよ(笑)。極め付けは、自分でも気付かぬうちにホワイトボードに漢字で「和」と書いていたんです。もちろん自分にもその意味がわからない。「あ、だめだ」と思いましたね。


ただ、失敗をそのままにしておかないのが谷井氏。問題を認識し、避けては通れないとわかったら、すぐに解決に向けて動きます

「綺麗ごと」を実現するのが事業
とにかく、講演会なり、DVDなりで、伝えるのが上手い人の話を聞きまくりました。例えば松下幸之助さんの講演とか。「なんでこの人はこんなに話がうまいんだろう」というのを分析して、身振り手振り・声のトーン・話の間などを一生懸命勉強しましたね。


社会への「恩送り」こそ自分の存在意義


谷井氏はシナジーマーケティングをヤフーに売却後、2年半の海外旅行を経験しています。一見、非常に魅力的な時間に見えますが、谷井氏にとっては必ずしもそうではなかったようです。

僕は新しいことを経験するのが大好きなので、世界中どこでも楽しめました。でも、2年くらいやっていると、自分のためだけに使うお金なんて、高が知れている、浅はかなものだと思うようになったんです。それが旅の終わりを決定づけました。誰かのために何かをすることによって「ありがとう」と言われ、心理的満足感を得る。これが大切だと感じたんです。例えば電車で席を譲ると、自分は座れなくなったはずなのに、なぜか嬉しいですよね。そういう感覚が、自分のためだけにお金を使っていると得られないんです。

2年半の旅行を経て谷井氏が感じた「他者へ何かを与えてこそ、自分が見えてくる」ということ、それが「ペイフォワード」=「恩送り」という会社の由来です。ペイフォワードは、エンジェル投資活動を行う法人で、社会課題を解決できるビジネスモデルを検討し、芽が出そうなアイデアを分社化して支援する、という事業を行っています。社会に貢献するという、一見当たり前のことを「普通」にやることが、谷井氏の大切にしている部分です。

※エンジェル投資:創業して間もない企業や未上場企業に対して、資金を供給する投資のこと。

「綺麗ごと」を実現するのが事業

「普通」って、多分小学校の道徳の授業なんですよね。道徳の授業はみんな受けていて、心の中にあるからこそ、みんなが「そうだよね」と思える。会社も同じで、あなたの良心に照らし合わせて、その結果やったことがそのまま正しいと言ってもらえる、そんな会社を作りたいと思っています。良心に照らし合わせているので、お客さんや従業員から責められるようなことは絶対なくなる。もちろん、社内でも僕が言っているような「綺麗ごと」だけでは回らないこともいっぱいありますが、社内のメンバーは「綺麗ごと」が大切だとわかってくれています。昔なら「そんな綺麗ごとだけでは回らないよ」と言われるでしょうが、今なら「その綺麗ごとで、会社が回っていますよ」と言えるんです。

谷井氏が考える次の「綺麗ごと」


「綺麗ごと」を大切にし、道徳で習うような「普通」(あたりまえ)のことを実行していく谷井氏。今後のビジョンも「普通」ながら、壮大なものでした。
自分と仕事との関わり方は、年齢や結婚・育児・介護など、人生のフェーズで変わってきます。仕事との関わりを変えるとなると、普通は転職しなければなりませんが、転職は個人にとってリスクです。このリスクをできるだけ減らして、人が長く安心して働ける環境を提供したいと思っています。ペイフォワードが今まで生み出した8社は、それぞれ事業の関連性が全くありません。投資先も同じです。事業領域が重ならない会社が緩やかな資本関係で繋がっていて、その中を自由に移動して、自分と仕事の関係性を自由に変えていける、そんなグループ会社を作りたいんです。これが実現できれば、人は人生を長期的に考えていくことができるし、もっと能力を発揮できて、その結果事業もうまくいく。もしかしたらこれは、20世紀後半の日本経済成長を支えた終身雇用のリバイバルかもしれませんが、それを私はやりたい。こんなことを言うと「また綺麗ごと言って」と言われるんですけど、それを形にしてやろうと思っています。


谷井氏が生まれ育った九条は、昔からの商人の町。谷井氏自身、九条という土地柄に多分に影響を受けているとのこと。そんな谷井氏は現在、大阪府の予算を受けたベンチャー支援「RISING!」を進めています。

※RISING!:まだ世の中にない新たな価値を自ら創出し、急速な規模拡大を志向し、大阪からグローバルを舞台に市場を求める、スタートアップを対象としたその成長速度、成功確率を高めるための大阪府のスタートアップ発展支援プロジェクト
今、東京で活躍している多くの起業家は、実は関西人なんですよね。でも、大阪ではなく東京へどんどん出ていって起業してしまうのが、残念でなりません。もともと大阪は商売人の町ですし、いまだにそのDNAは残っています。そのDNAを汲んだ商売の上手い人たちが起業できる、大阪をそんな場所にしていきたいと思っています。

大阪を東京と並び立つような経済の都にしたい。そんな綺麗ごとも、谷井氏ならきっと実現できるはずです。

株式会社ペイフォワード
本社:〒530-0003 大阪府大阪市北区堂島1-6-20 堂島アバンザ21F
オフィシャルサイト:https://pf-inc.jp/




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