「大阪まちプロデュース」大阪の魅力を発掘・発信し続ける不動産会社の社長

山根エンタープライズ株式会社 / 代表取締役社長 山根秀宣 氏



山根エンタープライズの本業は不動産業。しかし、山根秀宣(やまね ひでのぶ)氏は、大阪の魅力あふれるまちづくりに取り組む「大阪まちプロデュース」の主宰者としての顔の方が、よく知られているのではないだろうか。

「大阪まちプロデュース」大阪の魅力を発掘・発信し続ける不動産会社の社長

今力を入れているのは、道頓堀五座と呼ばれて全国に知られた劇場都市・大阪を現代人に知ってもらおうと道頓堀に開設した「道頓堀ミュージアム並木座」。
「大阪は進取の街でした。それが地盤沈下しているのが悔しくてなりません。もっともっと大阪の魅力に気付いてほしいですね」を話す。

父が九州で不動産業を始めるも、バブルに翻弄されて大赤字に


不動産業としての本格的な歴史は、1985年に始まる。電気技師であった父が、製薬会社が初めて工場を建設する際、乞われて入社し、建設本部長として奔走した。
場所は炭鉱町として知られた福岡県飯塚市。炭鉱は閉山して土地が安い。工場建設を通じて得たつながりもあって、そこで建物を買い取ったのが不動産業のスタートだった。バブル景気に突入する、まさに直前のことだった。

放っておいても土地建物は値上がりを続けました。1990年には祖母が亡くなり、その遺産もつぎ込んだうえ、銀行から借金もして大量に不動産を購入しました。しかし、直後にバブルが崩壊。事業は総赤字になってしまいました。


建設コンサル会社から転身。独力で赤字を脱却して大阪に拠点設ける


山根氏はそれまで、父の事業とは無縁の生活をしていた。大学を卒業して入ったのが、航空写真を元に自治体などの依頼を受けて都市計画図や管理台帳類を作成する総合建設コンサルタント業。営業マンとして同期で全国トップの成績を残し、少し天狗になっていたという。

月300時間働いていました。営業成績は上がり、仕事は面白かったのですが、その代償というか、寝不足で車で接触事故を起こすことが何度もありました。このままでは仕事に殺されると考えた父が、会社での私の実績から仕事はできそうだと判断して、不動産業に誘い込んだのです。
バブル崩壊後のピンチでしたが、何とかなるという思いだったものの、不動産業は何も分からない状態です。そこで、父がやってきた事業の数字を創業時の7年前にさかのぼって洗い出したところ、物件修理のずさんさが見えてきたんです。何度も同じ工事をしたり、管理会社によって工費が1.7倍も請求されていたりとか。こうした冗費を削減していったことと、ちょうど金利も下がってきたこともあって、約2年で黒字が見込めるようになりました。1990年代半ばには、長崎や飯塚でさらに物件を購入して攻める商売に衣替えしていきました。
一方で、大阪の会社なのに、なぜ九州でやっているのかという疑問が湧いたんですね。そこで大阪で物件探しに乗り出し、97年に四ツ橋にある現在の本社ビルを競売で取得。休眠させていた会社を「山根エンタープライズ」に変更して、大阪で事業拠点を得ました。


新聞連載で知った大阪の底力。大阪再生の使命感が芽生える


山根氏の目はそれ以前からずっと大阪に向けられていた。就職した会社の本社は東京だったが、大阪に行きたい、大阪を再生したいと言い続け、大阪勤務を実現した。大阪にこだわり続けた原点は高校時代にある。

14歳のころから新聞のスクラップを続けていたんです。2、3年たったとき、1970年の大阪万博を官僚として手掛けた作家の堺屋太一さんが「進取のまち大阪」という連載を産経新聞で始めたのですが、そこに、「新産業の75%は関西で生まれているのに、大阪にも強みを活かさないところもあった」と書かれていたんですね。そこから、新たなまちづくりの必要性・重要性に目覚め、大阪の再生を自分なりに考えるようになっていきました。


不動産会社にまちづくり部門「大阪まちプロデュース」を設置


大阪に本格的な拠点を構えたことで、大阪のまちづくりに向けた取り組みは一気に広がっていった。
それ以前から行政への提言を手掛け、96年に「トイレの面積、女子を広く」と大阪府知事に提言すると府から令状が届き、実際に取り入れられたということがあったが、その後も「タクシー初乗り運賃を1キロ300円に」「地下鉄御堂筋線ホームに転落防止策の設置を」をはじめ、次々にユニークかつ実践的な提言を続けた。
一方で、社内にまちづくり部門を設けた。これが「大阪まちプロデュース」の始まりだ。高校時代から大阪再生に目を向けていた山根氏にとって、不動産業とまちづくりはぴったり同じ方向を向いていたと言えそうだ。

大阪は地盤沈下していると言われていますが、現実を見続けていると、実は大阪や日本が大阪の能力を活用できていないだけではないのかと思うようになったのです。生活者の視点を直接表現できるインターネットというツールが普及してきたこともチャンスでした。大阪の魅力をアピールすることを通じて、みんなが大阪を誇りに思えるようにすることが大事と考えたのです。


「提言」から「実践」へ。人とのつながりがアイデアを生み、実践に向かわせる


活動は、「提言」から「実践」に変わっていく。2001年に「からほり倶楽部」から活動を始めた。昔ながらの長屋が多く残っている中央区の空堀で、歴史ある街並みや長屋を保存・再生することで活力あるまちづくりを目指す活動だ。
そして、この活動が長屋再生複合ショップ「惣(そう)」や、お屋敷再生複合施設「練(れん)」、複合文化施設「萌(ほう)」などの活動を生み出していく。

「大阪まちプロデュース」大阪の魅力を発掘・発信し続ける不動産会社の社長
「大阪まちプロデュース」大阪の魅力を発掘・発信し続ける不動産会社の社長
「大阪まちプロデュース」大阪の魅力を発掘・発信し続ける不動産会社の社長

さらに、水都大阪の魅力を感じてもらおうと2007年、中の島公会堂を対岸に見る大川沿いに大阪川床「北浜テラス」を開設。現在は多くのおしゃれな飲食店が集まり、市民やビジネスマンの憩いの場になっている。こうした取り組みが評価され、山根氏はまちづくりをテーマにした講演会などに再々呼ばれるようになった。

「なぜ?」が僕のモチベーションになっています。スーパーマーケットやインスタントラーメン・カラオケ・チンドン屋・測量天文学などさまざまな分野で日本初を生み出してきた大阪がなぜ、地盤沈下?行政の施策には多くの専門家が参加しているはずなのに、私は欧米に追い付き先進事例がなくなり、ニーズも多様化した今、専門家だけには任せられないと思ったんです。市民が自分たちの感覚を素直に出すことが大事だと。
自分がいる間に伸ばせるものは最大限伸ばし、大阪を日本の中で断トツの魅力1位にすることが自分の使命を思っています。面倒くさいと思うのは、やらされるからです。たとえば、水都再生など自分一人ではできませんから周りに声掛けをするんです。すると人が集まってきます。
「からほり倶楽部」も異業種交流で知り合った人とのつながりで実現しました。まちづくりに取り組みたい人はそんなに多くいるわけではありませんが、つながれる人はまだまだいるなと感じています。


「道頓堀五座」と呼ばれた劇場街復活へ、体験型ミュージアム「並木座」に全力投球


「大阪まちプロデュース」大阪の魅力を発掘・発信し続ける不動産会社の社長

そんな中、「道頓堀ミュージアム並木座」は、山根氏がほとんど独力でオープンさせた。歌舞伎や文楽を生んだ大阪・道頓堀の劇場街としての歴史を伝えるとともに、体験型施設として昔の芝居小屋を模した造りの中に、世界に先駆けて舞台に設置された回り舞台も小さいながら再現。「並木座」の名称も、現在の形の回り舞台や「せり」などの舞台装置を考案した江戸時代の歌舞伎作家、並木正三にちなんでいる。

「大阪まちプロデュース」大阪の魅力を発掘・発信し続ける不動産会社の社長

道頓堀といえば、今では食の街で、「道頓堀五座」と呼ばれる小屋を中心に400年の歴史を誇る劇場街であったことすら、知らない人が多くなっています。そうした歴史と文化を現代風に市民や観光客らに提供することで、劇場街が復興し、継承されていくことを目指しています。
本当は、行政ももっとやってよ、と思う気持ちはあります。古典が認められたら、市民に誇りが生まれるだけでなく「聖地」として観光拠点にもなるのですから。まちづくりは、地域の人たちと行政がともにかかわらないと、本当の形にはなりません。芸人さんをはじめ応援者さんが集まってきましたが、さらに多くの人を巻き込んで、大阪の新しい魅力を発信する拠点に育てていきたいですね。


山根エンタープライズ株式会社
本社:大阪市西区北堀江1-6-24 Y’sピア アクセス心斎橋4階
オフィシャルサイト:http://www.yamane-e.com/
道頓堀ミュージアム並木座:http://www.yamane-e.com/dotonbori-namikiza.html



同じカテゴリー(大阪市西区)の記事画像
「LINEがeコマースの表舞台に立つ」 それを確信し、新サービスを立ち上げる
人が集まるところに「BE-ING」あり!イベントを裏で支える感動創造企業、ビーイング グループ  
「歩み続けよ! 」  あらゆる映像を生み出す、荒ぶる創作集団
<「伝えたい」を伝わる形に> 紙を越えて、ワクワクする新事業で地域社会に貢献
クリエイターが“一途”に輝ける世の中に!SNSマーケティングの若き仕掛け人。
大阪銘菓を作る100年企業の4代目  非創業家出身者が次の時代の礎を築く
同じカテゴリー(大阪市西区)の記事
 「LINEがeコマースの表舞台に立つ」 それを確信し、新サービスを立ち上げる (2024-11-18 10:00)
 人が集まるところに「BE-ING」あり!イベントを裏で支える感動創造企業、ビーイング グループ   (2024-09-27 09:30)
 「歩み続けよ! 」 あらゆる映像を生み出す、荒ぶる創作集団 (2024-08-23 09:30)
 <「伝えたい」を伝わる形に> 紙を越えて、ワクワクする新事業で地域社会に貢献 (2024-06-21 09:30)
 クリエイターが“一途”に輝ける世の中に!SNSマーケティングの若き仕掛け人。 (2024-05-17 09:30)
 大阪銘菓を作る100年企業の4代目 非創業家出身者が次の時代の礎を築く (2024-05-10 09:30)