変わらぬことを是とする長寿企業が、新たな一歩を踏み出す

株式会社ノボル電機 / 代表取締役社長 猪奥元基 氏

変化が求められる時代の流れのなかで、変わらぬことを是として生き続けてきた企業が大阪にある。昭和20年大阪市で創業し、現在は枚方市に社屋を構える株式会社ノボル電機がそうだ。同社が手がけるのは、拡声音響装置。防災用サイレンや船舶用の汽笛などを手がけ、なかでもメガホンやホーンスピーカーとも呼ばれる円錐形でラッパ状の拡声器は、だれもが必ずどこかで目にしたことがあるはずだ。同社は創業まもなく拡声音響装置の製造販売に乗り出し、これを主力商品とし77年の歴史を積み重ねてきた。3代目代表取締役社長である猪奥元基(いおくもとき)氏が、社の成り立ちを紹介してくれた。

変わらぬことを是とする長寿企業が、新たな一歩を踏み出す

私の祖父がもともとラジオの修理を始めまして、なにかご縁があったんでしょうか、拡声器屋さんになりました。そのあとを私の父が継ぎ、2018年に私が3代目として事業継承しました。戦後のドタバタの時期から、ウチはずっと拡声器屋としてラッパのスピーカー1本で、安定飛行を続けている会社なんです。
ただ頑固に、変化を拒んでいるのではない。社の歴史において、変わる必要がなかったのだ。
電気の世界で戦後から形が変わっていないのは、拡声器とトランス(変圧器)だと言われたことがあるんです。確かに拡声器って、昔からこの形なんですよね。ウチもずっと軽薄短小には取り組んできましたが、基本原理はまったく変わっていません。これだけ長い間、同じ商材を磨き続けることで生き残る会社って、私はほかに知らないんですよ。掲示板の会社ですと文字からロールで巻き取るものになって、今は光に変わっているとか普通あるじゃないですか。かたや拡声器は、なにも変わっていない。なので我々にとっては、変えないことこそ正義なんですよね。


変わらぬことが是、しかし時代は変化していった



歴史ある社にとって変わらぬことが是であるとはいえ、時代のほうが変化しつつある。2018年元基氏が社長に就任する前後から、業績が緩やかな下降線を描き始めた。

それ以前までは、業績は安定していました。下落し始めたのが、私が社長に就く前の年から。2017年まではぎりぎり伸びていて、落ち始めた年の後半から私にバトンタッチ。だから私が組んだ決算って、ずっと良くないんですよ。横ばいか、落ちているか。今はこれが、いちばんしんどいですね。
なにか手を打たねばならないことは明らか。そこで3代目は、あえて社の根幹に手を入れる。
変わらないことを守りながら、何をすればいいのか。それが僕のテーマというか、今の取り組みなんです。ただ単に新しいことをするのではなくて、変わらないことを是としてきた本業は崩さない。崩しては、うちの本丸が沈んでいくので。それを念頭に置いたうえで今いちばんには、拡声という切り口のまま、BtoC(※1)にアプローチしようとターゲットを拡げています。

(※1)BtoC:BtoCとは「Business to Consumer」または「Business to Customer」の略で、いずれも企業と消費者間の取引を意味します。またBtoBとは「Business to Business」の略で、メーカーとサプライヤー、卸売業者と小売業者、元請け業者と下請け業者など、企業間で行われる取引を指します。

変わらぬことを是とする長寿企業が、新たな一歩を踏み出す

そんな中で生み出されたのが、スマホ用無電源スピーカー「拡音器」。原理は単純で、ノボル電機が得意とするラッパ型のスピーカーに切り込みを入れ、そこにスマートフォンを差し込むと音量が大きくなるというもの。室内でのパーソナルユース(※2)はもちろん、電源を必要としないのでキャンプやBBQなど屋外にも持ち出せる。武骨なデザインも注目を集めたこの商品が、ノボル電機のカスタマー(※3)向けの第1号となった。

(※2)パーソナルユース:個人で使用をすること。
(※3)カスタマー:顧客(すでに商品を購入している方、取引先、得意先)。


ウチは拡声器というひとつの技術を、業務用の世界のいろんな市場に広げていくことで生き長らえてきたんです。我々の勝ちパターンは、市場をずらしていく戦略。その目先を変えれば、BtoCのほうにも市場の目を向けることも、拡声という商品の水平展開になるんじゃないのか。まずはそこからのスタートですね。

BtoC向け戦略に、新ブランドを立ち上げる



この商品はノボル電機にとって、きっかけ作りの側面もある。そしてBtoC向け戦略として、新たなブランド「ノボル電機製作所」を立ち上げた。

ブランディングして新しいロゴや、商品コンセプトを作り、半年ほどの時間をかけ、納得のできるものを作りました。この無電源スピーカーはアイキャッチ(※4)というか、ブランドのコンセプトを体現した商品でもあります。おかげさまで、メディア受けは上々なんですよ。商品のデザインもそうですし、町工場が今までの技術を活用して、「後継者が新しいことに取り組みました」というストーリーでも、ご評価いただいています。
(※4)アイキャッチ:広告や宣伝における手段の1つで、映像や画像などを使って見る人の注意を引き付けることを意味します。

変わらぬことを是とする長寿企業が、新たな一歩を踏み出す

そして走り始めた「ノボル電機製作所」が繰り出す次の一手は、間もなく世の中にその姿を現そうとしている。

実はホームオーディオを作ろうと、動いています。パーソナルユースの小っちゃなもので、昔のミニコンポをさらに小さくしたみたいなイメージです。Bluetooth(※5)のモノラルのアンプを金属製で作って、スピーカーと組み合わせる。最終的にはアンプ、5バンドイコライザー・リバーブ・ディレイ(※6)を重ねるような形にし、将来的には、ここにカセットデッキが加わる構想もあります。そういうシリーズを、どんどん拡げていけるような展開を考えています。
(※5)Bluetooth(ブルートゥース):無線通信技術のひとつ。 10m程度の短距離の通信規格で、主にスマホの周辺機器を無線で繋ぐ技術として使われている。
(※6) リバーブ・ディレイ:リバーブは残響のこと。音が連続した音に聴こえるものをいうのに対して、別れて聴こえるものをディレイという。

このオーディオの画像は、情報公開前ということで残念ながらまだお見せできないが、取材陣には特別に見せてくれた。武骨な金属製でガジェット(※7)感にあふれ、ノボル電機のアイデンティティ(※8)をまとったかのような、インダストリアル(※9)な雰囲気を醸し出すデザイン。ひと言で言って、実にカッコいい。そう遠くないうちに情報が公開されるので、気になる人はどこかにしっかりメモしておくといいだろう。このオーディオは、BtoCへと水平展開を目指す猪奥氏にとって、勝負手でもある。
そうですね。社長業もしながらですが、今、私の時間のほとんどは、このBtoC向けの新しい業際(=異なる事業分野にまたがること)商品の立ち上げに費やしていますから。
(※7)ガジェット:ちょっとした小物。気のきいた小道具。
(※8)アイデンティティ:あなたや会社の自分らしさ・個性を認識すること。
(※9)インダストリアル:無骨で重厚感のある雰囲気。



70余年の歴史を刻んできた社に訪れる変革の時期



屋台骨である拡声音響装置の製造販売という軸足をブラさず、BtoCを伸ばしていく。
BtoCを伸ばそうって僕が声を上げても、社員はだれも理解してくれないと思うんです。なので、まずはなにかしらの成功事例を作りたいと思ってやっています。このBtoCの商品開発に関してデザインは外部の知見を取り入れていますが、実際の開発業務とか製造業務、調達業務は、既存とまったく同じ資源でできるんです。業務用の仕入れ先に発注すれば、ガジェットとしての業務用感がちゃんと残せますから。デザインは外部、販売はとりあえず私がやることで、なんとか成功事例を作りたい。変わらないことを是としながらも『ちょっとずつ、変わっていこうよ』の、まずは『ちょっとずつ』を見せたいなと思うんです。


変わらぬことを是とする長寿企業が、新たな一歩を踏み出す

拡声音響装置のマーケットが縮小傾向にある今は、70余年の歴史を刻んできたノボル電機にとって変革の時期。経営トップとしてそれに直面している猪奥氏は、変革に挑むに際してフロンティアのようなやりがいや、楽しさを感じているのか。

これに関しては楽しさややりがいというよりも、自分がやらなければ会社が存続しないと思っています(苦笑)。正直それは使命感ですね。現業だけで他に何もせずでは、ただただ終わりに向かって進むだけなので。そうならないためにも、このBtoCは大事なプロジェクト。本当に、勝負だと思っています。
そんな現状のなか、近未来のノボル電機の姿を猪奥氏はこうイメージしている。
これまでどおり拡声音響装置をコアにしながら、その周辺の業際事業を開拓していって、縮小している現状から底を打って再び上昇軌道に乗せる。その上昇軌道も急カーブというものではなく、なだらかに緩やかな成長軌道で、それに社の本業としている拡声音響装置を守るために、30年前のリピートオーダーがこなせる保守性を持ちながら、新たに業際事業を開拓し、みんなが成功体験を積み上げられるようにしてゆきたいです。


変わらぬことを是とする長寿企業が、新たな一歩を踏み出す

つまり長い歴史で培ってきた根幹を変える考えはないが、社に新しい風を吹かせるために、当事者たちの意識改革を静かに促すつもりでいる猪奥氏。

失敗しないことがうちの社員像というか、本当に堅実な方が揃っています。ただ正直、失敗しなくて100点を取る守りの仕事ってしんどいじゃないですか、100点を取って当たり前みたいな。だから100点を取る仕事と、結果的に0点かもしれないけど、これからは120点を目指してチャレンジをする。そんなことが思い切ってやれる会社にしていきたい。それが5年後の当社の目指す姿ですね。


変わらぬことを是とする長寿企業が、新たな一歩を踏み出す

猪奥氏は明るく、エネルギッシュな人物。この取材中も思いがあふれすぎて、話が脱線することもしばしばあった。40代の若きトップは持ち前のバイタリティで、ノボル電機に次の時代を切り拓くことだろう。

株式会社ノボル電機
本社:大阪府枚方市茄子作南町229-1
オフィシャルサイト:https://www.noborudenki.co.jp/

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