株式会社ノジマ / 代表取締役 野嶋靖史 氏
JRおおさか東線の衣摺加美北(きずりかみきた)駅から数分歩くと、
株式会社ノジマの工場の壁が、道に接して右手に現れた。
工場の中では、金属を削る作業の音が途切れることはない。
金属製品の製造販売を営んでいる同社は、長男である
野嶋靖史氏が代表取締役を務め、次男、三男を合わせた3人で営まれている。
幼い頃から家業に親しみながら育った靖史氏は、高校卒業後すぐに野嶋鉄工に入社。25歳の時に父 野嶋吉則氏の急逝を機に跡を継いだ。
昔気質の職人肌の吉則氏とは対照的に、
ISO9001(※1)を取得したり、大阪商工会議所の催しに参加し、多くの人との縁をつくるなどフットワークは軽い。
その成果は
「大阪府ものづくり優良企業賞2023」、「健康宣言事業所認定」、「健康経営優良法人」等の各種表彰・認定という形に現れている。
その流れで、今年の
大阪・関西万国博覧会に他の町工場とともに参加することになった。
現在、その製作物の打ち合わせなど準備に追われている。
工場の一角の事務所で、万博に向けての取り組み、目指す会社像など話を伺った。
(※1)ISO9001:会社などの組織が提供を行う「商品やサービスの品質向上」を目的とした国際標準化機構(ISO)が定めた品質マネジメントシステム規格(QMS)のこと。
兄弟だからこその信頼関係をベースに会社を切り盛りする
1985年、靖史氏の父、吉則氏が創業した野嶋鉄工が株式会社ノジマの前身だ。
靖史氏は、小中学生の頃から夏休や春休みに会社の手伝いをするなど家業に親しみながら育った。
できれば他のところに遊びに行きたかったですよ(笑)。車に乗せられて会社に連れていかれ、用意されていた作業を言われるままにやっていました。高校に入ってからは家業から離れてアルバイトに打ち込んでいました。
大学に進学したくて普通高校を選んだ靖史氏だったが、人手が必要などの事情から高校を卒業してすぐ野嶋鉄工に入社。吉則氏から特に「跡を継げ」とは言われず、作業員として黙々と働いた。
しかし1996年、吉則氏が急逝する。自分たちを必要としている顧客を前に、続けるか辞めるかの二択を迫られた靖史氏は、跡を継ぐことに決めた。
靖史氏と弟2人を合わせた3人体制。靖史氏自身、現場に入ることもあるが、基本的には現場作業を弟にまかせ、外回りの営業や新商品の企画や見積もりなどに力を注いで会社を切り盛りしている。
兄弟同士、仲がいいかどうかは分かりません(笑)。兄弟なので不満があればストレートに思ってることを口にして、意見がぶつかることもありますが、兄弟だからこそ信頼し合える面もあります。
「TanaTana」の商品化を通してさまざまな販路開拓手法に挑戦
同社は一昨年、
大阪勧業展(※2)に出展したことをきっかけに、
コンパクトなアイアン製家具 「TanaTana」を開発した。
『フィギュアを飾れるような小棚がほしい』という声を聞いたことがきっかけで試作品の製作をはじめました。2枚の棚のうち上段は高さを変えられるなど弊社のノウハウが詰まっています。
靖史氏は、「TanaTana」の販路開拓をめぐって新たな取り組みをしている。同社の主力は店舗什器や建築金物、家具などのBtoB取引。経験の少ないBtoCの販路開拓をどうするか考え、一昨年の秋、Amazonが主催するECセミナーを見つけて参加した。
弊社は知名度が高くなく、もともと弊社を知っている人以外がホームページを見にくることは期待できないので、別の販路を探す必要がありました。有名なAmazonでサイトをつくれば弊社の商品を多くの人に見てもらえるかもしれないと考え、セミナーに参加しました。参加してからの展開は早かったです。『何週間以内に出荷できる形で商品を倉庫に納めてください』と言われて大急ぎで商品化を進めました。
昨年3月、Amazonの倉庫に5台納入して販売を始めた。Amazonではまだ売れていないが、自社で販売するために製作した分は、昨年10月に出展した
大阪勧業展(※2)で反響があったという。
(※2)大阪勧業展:大阪府内の優秀な中小企業等が一堂に集まる多業種型総合展示商談会
Amazonとは別のECサイトを運営している企業から声をかけていただいたり、この商品をつくる技術力に興味を持った企業から他の商品開発のことで相談を受けたりしています。うまくいけば仕事につながるかもしれません。
大阪・関西万博で<飛行船>を飛ばす
同社は、今年開催される
大阪・関西万博の飛行船「Zipang」プロジェクトに、大阪府内13の町工場の一つとして参加する。大阪商工会議所の担当者からオファーを受けたのは一昨年の秋。
大阪商工会議所の担当者の方から「飛行船をつくる」という企画をするため、業種を問わず手伝ってくれる企業を探していて、私がよく大阪商工会議所の催しに顔を出していて、「参加してみませんか!」とお声がけ頂いて参加しました。まさか健康をテーマにしたブースに鉄工所である弊社が参加できるとは思ってもいませんでした。
それから、飛行船製作チームの一員として、ポテトチップスの袋のような薄いアルミシートの切り貼りをするなど、鉄工所にとって専門外の作業などに挑戦している。
2週間に一度Zoomで打ち合わせをしています。飛行船の基本的な仕組みを学びながら、魅力あるブースをどうやってつくっていくか、10数社の経営者に大学教授などの専門家も加わって行われる活発なやりとりはとても勉強になります。
Zipangプロジェクトチームは昨年8月、大阪市大正区で開かれた
大正ものづくりフェスタ(※3)で、飛行船の試作機(3メートル級)の初飛行を成功させた。
(※3)大正ものづくりフェスタ:大阪市大正区内のものづくり企業と学生、行政が連携して、“ものづくり”の素晴らしさを多くの人に伝えることを目的しているイベント
ワークショップで子供たちに小さい風船をつくってもらったりもしました。今後、小学校でワークショップを開催する話にもなっています。我々の取り組みは万博までですが、10年20年先に、この取り組みを見ていた子供たちが本当の飛行船を飛ばしてるかもしれません。そんな期待も込めて力を入れています。
自社商品開発で顧客の喜びの声を聞く。つくり手の本懐へ
靖史氏はいずれ、
自社ブランド、もしくは他社のブランドを手伝う形で、独自の商品開発をやっていきたいという思いを持っている。理想は、自社商品を製造するメーカーとなって個人に商品販売していくことだ。
企業相手の取引だと、規格通りの商品を納めるのが当たり前。約束より早く納めたり、クオリティを高く仕上げても、『お宅はよかった』とか『ありがとう』と声をかけてもらえることは少ないです。不具合があるときだけ注意されるのが企業との取引です。
製造に携わった製品がどのように世の中の役に立っているのか分からないことも多いという。
人間には、褒められたいとか感謝されたいという欲求があって、褒められればモチベーションが上がります。お客さんの『よかった』とか『うれしい』という声を聞くことが、ものづくりに携わる者の本当の喜びです。
個人のお客さんを相手にして、商品を手にした喜びの声を直に聞かせてもらえるような体制をつくるのが最終的に目指すところです。
高度成長期を支えた<町工場>は全国で減少傾向にある。海外との価格競争や跡継ぎが無い事業承継問題など様々な理由がある。
そんな中にあって、ここ平野区加美北では「ノジマ」という飛行船は今、新たな針路を見据えて翔びたとうとしている。