日本初⁈ 「台車専門店」を立ち上げた元パンクバンド経営者の<共に笑う、その生き方>

オオサカジン運営事務局

2025年04月03日 10:00






株式会社エビス / 代表取締役 松本 学 氏


建築資材を現場へ運んで搬入・配置する専門職 「揚重(ようじゅう)」(※1)。
株式会社エビス揚重工事で創業し、今や解体工事、電気通信工事、リペア(補修)工事、リフォーム工事、シャッター工事と業務範囲を拡げる。
(※1)揚重(ようじゅう):建築現場で資材や重量物を指定の場所へ運ぶ作業。荷揚げとも呼ばれている。

創業者の代表取締役 松本 学氏は、ある現場作業中に重量資材の運搬中に大けがをする。重量物に適合する台車がないことに気づく。
「メーカーの既製品がないなら、自分でつくろう」と自作した台車を使い始めた。
それが取引先の目に留まり「売ってほしい」といわれたことから、潜在的な需要があることに着目。次から次へと用途に特化した台車を開発する。
そして日本初(⁈ )の台車専門店「台車研究所」を立ち上げた。
2006年の会社設立以来、トータル1万台以上台車を売る企業に成長。

アルバイトで初めて揚重を経験。自前で台車製造し、今や<レンタル台車+揚重工事+施工+リペア(補修)工事>と一気通貫で工事ができる体制を確立する。




アルバイトで培った揚重の経験とノウハウを活かすため、理想の会社を設立


松本氏が揚重に携わり始めたのは、1990年代にパンクバンド(※2)で活動していた頃にさかのぼる。セックスピストルズ(※2)に憧れてバンド活動を始めたが、練習をするスタジオ代やライブを行う資金をアルバイトで稼いでいた。
手っ取り早く稼げる仕事が、建築関係だったのです。ユニバーサルスタジオジャパンの工事にも携わりました。当時はもう、揚重は専門職になっていましたね。

(※2)パンクバンド:パンク・ロックという音楽ジャンルを演奏するバンド。パンク・ロックは、反骨精神の象徴として1970年代世界的に広がり、独自のサブカルチャーを形成した。セックスピストルズはパンクロックを代表する象徴的グループ。


松本氏はバンド時代に、他のバンドと一緒にCDを自主製作して、レコード店でも販売されたという。販売記念の全国ツアーを計画して、ライブ会場も何カ所か押さえていた。ところが、メンバーの一人が全国的な活動はできないと脱退。全国ツアーは実現しなかった。
バンド活動は続けたが、その後解散。

松本氏はアルバイトで携わっていた揚重の業界へ足を踏み入れることになる。
バイトで上司だった人のお兄さんが経営する会社で揚重部門をつくることになって、私も誘っていただきました。

揚重職人として2~3年務めた頃、困った問題が発生した。上司が会社に来なくなったのだ。そのままでは先行きが不安になり退社。2006年、一緒に働いていた同僚たちと株式会社エビスを設立した。

現場での<気づき>を自社製品に反映する体制こそ、大きな強み


新しくスタートさせた会社でも、建築現場に出ていた松本氏。当時は既製品の台車を使っていたが、とくに重量のある資材を運ぶ際は耐荷重(重さに耐えれる最大値)が足りず不便を感じることが多かった。
当時使っていた台車は、折りたたみタイプの平台車で、いちばん大きいタイプでも耐荷重は300kgでした。600~800kgある石膏ボードでも積まざるを得ないから、無理やり積んで強引に押したり引いたりするんですが、あるときけがをしてしまいました。

松本氏が台車を強引に引っ張った際に、キャスターが足のつま先に乗り上げた。安全靴が重量を支えきれず、つま先に入っている鉄板が曲がってしまい、爪が剥がれるほどの大けがを負った。
その体験が「自分でつくろう」と思い立った。

大工の祖父に頼み込んで、道具の使い方や板の合わせ方などを教えてもらいながら台車をつくりあげた松本氏。現場で使ってみると、作業効率が目に見えてアップしたという。
そのオリジナル台車を見た取引先から「どこで売ってるの?」と声をかけられ、「自分でつくりました。売りましょうか?」といったら、本当に買ってくれた。自作の台車が初めて売れた瞬間だった。その取引先は、後にもう1台買ってくれた。
自分たちと同じように、重量物の運搬に不便を感じて困っている人たちが全国にたくさんいるんじゃないかと思って、インターネットでの販売を考えました。ECサイトのつくりかたを解説した本を買ってきて、夜な夜なパソコンに向かってインターネットサイトをつくったんです。それが今の業態になるきっかけでしたね。


4月から6月にかけて建築業界は閑散期になるため、その間に台車を製造することにした。
作り溜めしておけば、現場が忙しくなってきたときの需要に応えられる。
製作初期の頃はあまり売れなかったが、自前の現場で実際に使って有用性を実証した。また、不備があったらすぐに修正できる利便性が外部に知られるようになって、2009年頃から少しずつ売れ始めた。

今は重量物運搬のプロがつくった台車ということで信用されて、全国から同業者が買いに来てくれます。

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