「ヨシ」の未知なる可能性に挑む
株式会社アトリエMay / 代表取締役 塩田 真由美 氏
「人間は考える葦(あし)である」。フランスの哲学者パスカルが残した、とても有名な言葉です。思考する人間の無力さと偉大さを植物に例えたこの言葉は、21世紀の今でも輝きを放ち続けています。しかし、肝心の「葦=ヨシ」(※1)について詳しい人は、ほとんどいないのではないでしょうか。パスカルだけでなく、かの紀貫之や谷崎潤一郎も、実はヨシが生い茂る景色を文学に残しているのです。にもかかわらずヨシそのものの知名度はとても低い。「ヨシをもっとメジャーにしたいんです」と語るのは、ヨシを使った和紙・繊維の企画販売で注目を集める株式会社アトリエMay 代表取締役 塩田 真由美氏です。
(※1)ヨシまたはアシは、イネ科ヨシ属の多年草。河川及び湖沼の水際に背の高い群落を形成する。日本ではセイコノヨシおよびツルヨシを別種とする扱いが主流である。

「ヨシ」は沼や河川の周りに群落を作る高さ2〜3mほどの植物で細い竹のような風貌をしています。古くからすだれやよしず・茅葺き屋根に利用されていたほか、和楽器の「ひちりき」(※2)にも使われている由緒正しい植物です。にもかかわらず、ヨシの産業化はほとんど進んでいないと塩田氏は語ります。
(※2)篳篥(ひちりき)は、雅楽や、雅楽の流れを汲む近代に作られた神楽などで使う管楽器の1つ。吹き物。「大篳篥」と「小篳篥」の2種があり、一般に篳篥といえば「小篳篥」を指す。

塩田氏の「アトリエMay」では、そんなヨシを使った和紙製品の企画販売を行っています。「紙のぬくもりを感じることは、心が温かくなること」をキャッチコピーに、ヨシ紙を使った間接照明やステーショナリーをヨシ紙ブランド「紙温 -しおん-」として展開しているほか、ヨシ紙を使った日本酒ラベルのデザイン・制作を担当。自然味あふれる製品は、世代を問わず支持を受けています。

注目されているのは、ヨシ紙製品そのものだけではありません。ヨシを使った事業全体が環境保全につながっているのです。ヨシには水中の窒素やリンを分解したり、その群落につく微生物が河川の汚れをきれいにしたりと、水質浄化作用があります。
自分が自信を持って語れるもの
今でこそヨシ製品の最先端を行く塩田氏ですが、もちろん最初からヨシに興味があったわけではありません。塩田氏がヨシと出会うまでを紐解いていくと、そこには人と人との不思議なつながりと「自信を持って語れる」ことに対する塩田氏のこだわりがありました。

その後、テキスタイルデザインやギャラリー運営など、芸術の道を歩み始めた塩田氏。知り合いのデザイナーを通じて和紙と出会い、和紙の良さを広めるために「和紙の明かりでカフェタイム」というキャッチフレーズの「和 Art Café May」をオープンしました。ただ、塩田氏はずっと「和紙」に自分が関わることへの違和感を覚え続けていたといいます。
和紙を語ることに対する後めたさを感じていた頃、そんな塩田氏がはじめて「自分が語れる」と思えたのは、鵜殿(うどの)のヨシ(※4)に出会ったときでした。「和 Art Café May」に、鵜殿ヨシ原研究所の所長である小山弘道氏(※5)がヨシ紙を持って現れたのです。
(※4) 鵜殿(うどの)のヨシとは、大阪府高槻市鵜殿から上牧に広がる淀川右岸河川敷に生えたヨシのこと。また鵜殿のヨシ原は大阪みどりの百選、関西自然に親しむ風景100選、美しい日本の歩きたくなるみち500選にも選定されています。
(※5) 鵜殿ヨシ原研究所 所長
小山弘道(こやまひろみち)元大阪市立大学の研究者、専門は植物生態学。大阪市立大学理学部附属植物園にて研究を行いました。
1975年より、鵜殿のヨシ原の自然環境の調査、研究、保全活動を行っています。
2001年、鵜殿ヨシ原研究所を開設。現在まで活動を続けています。

淀川のヨシ原は「鵜殿のヨシ原」として、全国的にも有名です。塩田氏にとって運命の出会いといってもいいでしょう。そこから小山氏や越前和紙の山田兄弟製紙株式会社と協力し、販路が不明瞭だったヨシ紙の販売にこぎつけたのです。
ヨシを使った塩田氏の挑戦は、紙だけにとどまりませんでした。なんとヨシを使った繊維を製造しているのです。綿70 %、ヨシ繊維30%の混紡糸で、綿とヨシとの混紡糸はなんと世界初。

竹繊維は全国で製造体制が確立されていますが、ヨシ繊維は開発に成功しただけで、製造体制はまったく目処がついていなかったとのことで、そんな「誰もやっていない」ことに、塩田氏は挑戦すると決めました。
ヨシ糸の製造に関する特許は藤井透先生と佐川さんが出願し、アトリエMayの商標として「reed yarnⓇ」を取得。2021年には、200万円を目標としたクラウドファンディングをスタートし、見事目標を達成しました。その支援金や自治体からの補助金を使って、交野市にヨシ繊維の工場を作ります。
クラウドファンディング 世界初のヨシ糸が地域を紡ぐプロジェクト

目下の課題は「ヨシ繊維の量産」。現在は月200kgがせいぜいのところを、数年後には年間12t以上量産できるように計画しているそう。しかし、量産するにはさまざまな課題があると塩田氏は言います。

「仕組みをデザインする」というヒントをくれた娘である塩田菜津子氏も、デザイナーとしてアトリエ運営に携わっています。「人間は考えるヨシ」ならぬ「ヨシのことだけ考える人間」と言っても過言ではない塩田氏。ヨシのことが少しでも気になったあなた、アトリエMayを訪れれば、やわらかな空間で楽しいお話が聞けるはずです。
SDGsという言葉が注目される前からすでに「環境にやさしい」をキーワードにしてこられたアトリエMay。ヨシが育つ地域に住む方や企業と共存共栄し、地域の環境や文化を守りながら、地域活性化に貢献していくことを目指し続けています。
株式会社アトリエMay
「人間は考える葦(あし)である」。フランスの哲学者パスカルが残した、とても有名な言葉です。思考する人間の無力さと偉大さを植物に例えたこの言葉は、21世紀の今でも輝きを放ち続けています。しかし、肝心の「葦=ヨシ」(※1)について詳しい人は、ほとんどいないのではないでしょうか。パスカルだけでなく、かの紀貫之や谷崎潤一郎も、実はヨシが生い茂る景色を文学に残しているのです。にもかかわらずヨシそのものの知名度はとても低い。「ヨシをもっとメジャーにしたいんです」と語るのは、ヨシを使った和紙・繊維の企画販売で注目を集める株式会社アトリエMay 代表取締役 塩田 真由美氏です。
(※1)ヨシまたはアシは、イネ科ヨシ属の多年草。河川及び湖沼の水際に背の高い群落を形成する。日本ではセイコノヨシおよびツルヨシを別種とする扱いが主流である。

ヨシの温もりを後世まで届けていく
「ヨシ」は沼や河川の周りに群落を作る高さ2〜3mほどの植物で細い竹のような風貌をしています。古くからすだれやよしず・茅葺き屋根に利用されていたほか、和楽器の「ひちりき」(※2)にも使われている由緒正しい植物です。にもかかわらず、ヨシの産業化はほとんど進んでいないと塩田氏は語ります。
(※2)篳篥(ひちりき)は、雅楽や、雅楽の流れを汲む近代に作られた神楽などで使う管楽器の1つ。吹き物。「大篳篥」と「小篳篥」の2種があり、一般に篳篥といえば「小篳篥」を指す。
ヨシは古典にも登場する日本の原風景(※3)。世界的に見ても歴史が深い。同じような植物の竹は産業化が非常に進んでいます。それにも関わらず、ヨシはひとつの産業として立つまでに至っていませんし、そもそも研究すら進んでいない。いわば「未開拓」の植物なんです。(※3) 原風景とは、人の心の奥にある原初の風景。 それは実際の風景でなく心象風景であったり、暮らした場所や記憶に残る体験により、人それぞれ異なるものです。

塩田氏の「アトリエMay」では、そんなヨシを使った和紙製品の企画販売を行っています。「紙のぬくもりを感じることは、心が温かくなること」をキャッチコピーに、ヨシ紙を使った間接照明やステーショナリーをヨシ紙ブランド「紙温 -しおん-」として展開しているほか、ヨシ紙を使った日本酒ラベルのデザイン・制作を担当。自然味あふれる製品は、世代を問わず支持を受けています。

注目されているのは、ヨシ紙製品そのものだけではありません。ヨシを使った事業全体が環境保全につながっているのです。ヨシには水中の窒素やリンを分解したり、その群落につく微生物が河川の汚れをきれいにしたりと、水質浄化作用があります。
デザインというと、ロゴなどの最終的な成果物を指すことが多いですよね。ただ、私がやりたいのはヨシ原を守る「仕組み」のデザインなんです。これは美大に通っていた娘からの受け売りですが、最近のデザインは成果物だけではなくて、環境保全などの社会問題の解決に向けた「仕組み」の構築が重要視されるそうですよ。ヨシが消費されることでヨシ原の保全につながる。というのが、塩田氏が「デザイン」した仕組みです。
自分が自信を持って語れるもの
探す先に偶然出会った「ヨシ」
今でこそヨシ製品の最先端を行く塩田氏ですが、もちろん最初からヨシに興味があったわけではありません。塩田氏がヨシと出会うまでを紐解いていくと、そこには人と人との不思議なつながりと「自信を持って語れる」ことに対する塩田氏のこだわりがありました。
美大を目指していましたが、家庭の事情や時代背景もあって、高校を卒業した後はとりあえず銀行に入社しました。でも「私と銀行はなんか違うな」という気持ちが拭えなかったんです。芸術への憧れも捨てられなくて、銀行を退職して友禅染の先生に弟子入りしました。周りの人からは物珍しい目で見られましたね。当時は寿退社以外で安定した銀行を辞めるなんて、考えられないことですから

その後、テキスタイルデザインやギャラリー運営など、芸術の道を歩み始めた塩田氏。知り合いのデザイナーを通じて和紙と出会い、和紙の良さを広めるために「和紙の明かりでカフェタイム」というキャッチフレーズの「和 Art Café May」をオープンしました。ただ、塩田氏はずっと「和紙」に自分が関わることへの違和感を覚え続けていたといいます。
和紙は好きですが、私が語るのはちょっとおこがましいな、といつも思っていました。越前や美濃・土佐などと違って、大阪は和紙の産地でもなく、和紙作家として活動している訳でもない自分に和紙は語れないんです。
和紙を語ることに対する後めたさを感じていた頃、そんな塩田氏がはじめて「自分が語れる」と思えたのは、鵜殿(うどの)のヨシ(※4)に出会ったときでした。「和 Art Café May」に、鵜殿ヨシ原研究所の所長である小山弘道氏(※5)がヨシ紙を持って現れたのです。
(※4) 鵜殿(うどの)のヨシとは、大阪府高槻市鵜殿から上牧に広がる淀川右岸河川敷に生えたヨシのこと。また鵜殿のヨシ原は大阪みどりの百選、関西自然に親しむ風景100選、美しい日本の歩きたくなるみち500選にも選定されています。
(※5) 鵜殿ヨシ原研究所 所長
小山弘道(こやまひろみち)元大阪市立大学の研究者、専門は植物生態学。大阪市立大学理学部附属植物園にて研究を行いました。
1975年より、鵜殿のヨシ原の自然環境の調査、研究、保全活動を行っています。
2001年、鵜殿ヨシ原研究所を開設。現在まで活動を続けています。
和紙を囲んだコミュニティを作りたいと考え、和紙をコンセプトにしたカフェ「和 Art Café May」を作りました。そうすれば、和紙のニーズに関する情報が集まると思ったんです。それが功を奏したのか、カフェに偶然小山先生の奥様がいらっしゃって。小山先生につないでくださり、先生から「淀川のヨシから作ったヨシ紙製品をカフェに置いてくれないか」と頼まれたんです。それが私とヨシとの出会いです。
淀川のヨシ原は「鵜殿のヨシ原」として、全国的にも有名です。塩田氏にとって運命の出会いといってもいいでしょう。そこから小山氏や越前和紙の山田兄弟製紙株式会社と協力し、販路が不明瞭だったヨシ紙の販売にこぎつけたのです。
小さい頃から人との不思議な出会いに恵まれてました。ヨシを研究されている小山先生や、以前からヨシ紙を漉いていた山田兄弟製紙さんとの出会いも、その一つですね。いろんな人から「この事業は価値があるね」と言ってもらえて、ヨシを使った事業を作ることは、社会に必要なことなんだと確認できました。
紙から糸へ 塩田氏のさらなる挑戦
ヨシを使った塩田氏の挑戦は、紙だけにとどまりませんでした。なんとヨシを使った繊維を製造しているのです。綿70 %、ヨシ繊維30%の混紡糸で、綿とヨシとの混紡糸はなんと世界初。

竹を使った繊維を研究している京都の合同会社竹繊維研究所が、ヨシを使った繊維の開発に成功したんです。幸いなことに手元にヨシが潤沢にあったので、自分で作ってみようと思ったんですね。開発に携わられた藤井透先生と佐川永徳先生にご協力いただいて、竹繊維研究所とライセンス契約を結びました。
竹繊維は全国で製造体制が確立されていますが、ヨシ繊維は開発に成功しただけで、製造体制はまったく目処がついていなかったとのことで、そんな「誰もやっていない」ことに、塩田氏は挑戦すると決めました。
またヨシ繊維について検査したところ、繊維自体に抗菌性や消臭効果があることがわかったんですよ。ヨシ繊維は誰もやっていないことなので、自分が挑戦してみようと思ったんです。
ヨシ糸の製造に関する特許は藤井透先生と佐川さんが出願し、アトリエMayの商標として「reed yarnⓇ」を取得。2021年には、200万円を目標としたクラウドファンディングをスタートし、見事目標を達成しました。その支援金や自治体からの補助金を使って、交野市にヨシ繊維の工場を作ります。
クラウドファンディング 世界初のヨシ糸が地域を紡ぐプロジェクト

目下の課題は「ヨシ繊維の量産」。現在は月200kgがせいぜいのところを、数年後には年間12t以上量産できるように計画しているそう。しかし、量産するにはさまざまな課題があると塩田氏は言います。
まず、工場の物理的な広さの問題があります。12t製造するとなると、今の工場ではキャパシティが足りない。かといってヨシ原の遠方に工場を作ってしまっては、トラックでヨシを運ぶことになるので環境に悪い。ヨシ原の近くにあるちょうどいい工場を建てたり、OEM契約を結んだりすることを模索しています。また、量産となれば人手が必要ですが、塩田氏の工場では、障害者・高齢者を中心に作業員を採用しているそうです。製品だけでなく、社会問題の解決に向けた「仕組み」のデザインを目指す塩田氏らしい採用方針と言えるでしょう。
ヨシから繊維を取り出す技術は、私が考えたわけではありません。でも、ヨシを使った仕組みをデザインするのは、デザイン事務所を構えながら十数年以上ヨシの可能性を信じ続けた私にしかできないことだと思っています。

「仕組みをデザインする」というヒントをくれた娘である塩田菜津子氏も、デザイナーとしてアトリエ運営に携わっています。「人間は考えるヨシ」ならぬ「ヨシのことだけ考える人間」と言っても過言ではない塩田氏。ヨシのことが少しでも気になったあなた、アトリエMayを訪れれば、やわらかな空間で楽しいお話が聞けるはずです。
ヨシ糸については、娘が「やりたい」と言ってくれたのも大きかったですね。今はヨシ繊維をなんとか事業化しようとしています。近年はSDGsの重要性が叫ばれて久しいですが、私はそのずっと前からヨシの可能性に注目していました。価値観は時代に合わせて変わる。そういう意味では、ようやくヨシの時代が来たと、そう思っています。
SDGsという言葉が注目される前からすでに「環境にやさしい」をキーワードにしてこられたアトリエMay。ヨシが育つ地域に住む方や企業と共存共栄し、地域の環境や文化を守りながら、地域活性化に貢献していくことを目指し続けています。
株式会社アトリエMay
本社:〒573-0128 大阪府枚方市津田山手1-13-3
オフィシャルサイト:https://www.art-may.jp/
タグ :株式会社アトリエMay
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