時代の流れに抗いすぎず、受け入れる
北極星産業株式会社 / 代表取締役 北橋 茂登志 氏
北極星産業株式会社は、オムライスの名付け親でも知られる老舗洋食店「北極星」を経営しています。大阪で誕生して90余年 “真心を込めてお客様に喜ばれる料理を作る”をモットーにお客様に愛されてきました。現在は関西を中心に15店舗展開し、昔ながらの味を守り続けています。
料理人一筋

先代がすでに「パンヤの食堂」を開業していたこともあり、幼い頃から食や料理に触れて育ちました。中学生の頃には下ごしらえを手伝い、料理の基礎はここで自然と覚えましたね。
当時は料理人になるなら中学卒業後に修行へ入るのが一般的で、大学まで通おうとすると「覚えるのが遅くなる」とまで言われていた時代。そんな中、私は高校まで通っていたので、父親からはよく口癖で「3年も周りから遅れたね」と言われたのを覚えています。
卒業後は上京し「精養軒」、「日活国際ホテル」、「紅花」でお世話になり、5年かけて洋食やフレンチの修行に励みました。
修行時代は厳しかったです。仕事に関して手取り足取り教わることはおろか、レシピすら教わりません。他の先輩のやり方を見て覚えるなど、まさに技を盗むという言葉通りの日々。少しでも料理長の作る味を知るために、フライパンの端についたソースをこっそりなめるなど、あの手この手で味をモノにしようと奮闘していました。
その後は大阪へ戻り、当時、食堂ビルだった本社で料理人として仕事を開始。私の父はすでに現場を退き、スーツ姿で店舗の様子を見て回っていたので、同じ厨房で仕事をすることはありませんでした。そして66歳で父が亡くなり、私が会社を引き継ぎました。当時は料理長の傍ら、メニュー開発にも携わりました。
洋食屋からオムライス専門店へ

弊社のホームページにも掲載されているのですが、オムライスという名前は先代がつけたものです。当時、雨具屋の小高さんという常連の方がおられ、胃の悪い方だったこともあり先代はいつもオムレツと白ご飯を出していました。ただ、いつもそれではかわいそうだということで、ある日ケチャップライスを薄焼き卵で包んだ特製料理をお出ししたところ、大変喜ばれたそうです。「おいしい! なんやこれ?」とおっしゃられたので、先代がとっさに「オムレツとライスを合わせて“オムライス”でんな」と答えたのが始まりです。この話はよく聞かされていたので身近な話でした。
そんな弊社にとって欠かせないオムライスですが、専門店としての出店を決めたのは、堀江店のあるビルのオーナーから「友人用に作ったラウンジをなんとか有効活用できないか」と相談されたのがきっかけです。
当時のロケーションを考えると、和光寺への参拝客がほとんどだったため、洋食目当てに来てくださるお客様が集まりにくいのが課題でした。普通のレストランではなくオムライスのエピソードを押し出したた専門店にすれば面白がってもらえるのではと思ったのです。
また、当時、東京の資生堂パーラーにあった1万円の「伊勢海老とアワビのカレーライス」をヒントに、目玉商品として伊勢海老オムライスを3,600円で出すことにしました。社員からは「そんな値段でお客様はこないのでは」と反対の嵐。でも、社員から反対されているほうがお客様にはウケると確信していました。
当時は飲食店に対するメディア取材が増えてきた頃で、狙い通り新聞等で取り上げられ、多くのお客様でにぎわいました。
店のおいしさを家庭でも
今は店舗に立つことはなくなり、現場を退いてますが、以前は千日前道具屋筋商店街で行われたイベントでオムライス作りを披露し、ワークショップを開催しました。

弊社は「オムライスは優しさを包んだ料理」と掲げています。そこで「オムライスの黄色が食卓を和ませる」イメージをもってもらえるように、祇園店で定期的に「オムライス体験」という教室を開催しています。こちらのイベントはお客さんからの評判も上々で、これを目当てにご来店されるお客様もいらっしゃいます。
料理人として大切なことを伝える
現場からは退きましたが、今も社員の様子を見に店舗へ足を運びます。働くうえで大切なのは社員間の風通しがいいことだと思っているので、社員同士の関係でとやかく口出しはしていません。
とはいえ、料理人として大切なことはいつも現場に行くたびに伝えています。
よく言っていることは2点。
一つ目がお給料はお客様からいただいているということ。会社からもらえるものと思いがちですが、お客様がいることで自分たちの商売が成り立っていると自覚することで、日々の仕事にも張り合いが出てきます。

二つ目は食材ロスに関して。人参などでまだ使える部分があるのに捨ててしまっていたら注意するようにしています。たとえ牛肉一片で牛一頭の命をいただいている、というくらいの気持ちで食材にも向き合ってほしいので。厳しいと言われるかもしれませんが、私たちにとっては当たり前のこと。これは料理人が社長であることの強みでもあると思っています。私が社長に就任した際も、他の社員からは社長が料理人でよかったと言われたものでした。
異業種ですと、現場のことはもちろん、そこでどういう基準で仕事をしているかがわからず、つい甘くなりがち、長年社長として他の会社を見ている中で感じています。だからこそ、長年料理人として歩んできたからこそ見えるものを今後も伝えていきたいです。
「なるようになる」そして、あるがままを受け入れる
3年後の2022年で弊社は100周年を迎えます。和食店や旅館ではよく聞きますが、洋食店として、2代目で100年は珍しいのではないかと思っています。今までこうしてやってこられたのは、足を運んでくれるお客様の存在はもちろんですが、常に「なるようになる」と構えていたのが大きいです。
ピンチだからとあれこれ動くよりも、ダメなときはダメだと受け入れることが大切です。
たとえば今は人財不足が叫ばれていますが、採用についても特にこういう人財が欲しいという人物像は、私の中ではあまり決めていません。こんな理想の人がいれば、と頑なに固執するよりも、来てくれた人との縁を大切にして、この人とよりよくやっていくには、と考えたほうが前向きですからね。社長を目指される方には特に大事にしてほしい考え方だと思います。
北極星産業株式会社
本社:〒542-0076 大阪市中央区難波3丁目5番17号
オフィシャルサイト:http://hokkyokusei.jp/
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