食べるよろこびを感じるきっかけを作りたい。仲間と起案した事業で、がん患者の「食」にアプローチ

株式会社猫舌堂 / 代表取締役社長 柴田敦巨

                                                                

高温を苦手とする偏食の形態を、猫が熱いものを食さないことになぞらえて「猫舌」という。
そんな猫舌というフレーズを、会社名に採用している企業がある。
株式会社猫舌堂だ。

がん治療などによる食べづらさを解消するための事業を行う猫舌堂の代表取締役社長 柴田敦巨(あつこ)氏にお話を伺った。

食べるよろこびを感じるきっかけを作りたい。仲間と起案した事業で、がん患者の「食」にアプローチ


看護師経験とがんの経験、両方あったからこそ今がある。食べづらさは自分の困り事でもあったけれど、仲間と出会い「みんなの困り事」でもあるということが全ての始まりでした。

2014年、柴田氏は40歳の時に耳下腺がん(※1)という希少がん(※2)を患い、切除手術をした。
(※1)耳下腺がん:耳下腺(唾液を産生する器官と大唾液腺の1つで耳下部)から発生したがんで唾液腺がんの中で最も頻度が高い
(※2)希少がん:人口10万人あたり6例未満のまれながん。数が少なく診療・受療上の課題が他に比べて大きいがん種の総称

その際の後遺症で左顔面に麻痺が残ってしまう。
左目の乾燥で涙が止まらず、さらに左口角が自力で動かせなくなり大きく開けづらく、食べこぼしが増えた。
一口が小さいため、普通のスプーンでカレーが食べづらくなった。
箸やティースプーンを試してみるも、しっくりこない。
いつしか人前で食べることが億劫になってしまったという。

当時、柴田氏は看護師として働いていたが、ごく身近な人にしか自身の病気のことを話さず、他の方へは極力隠したという。
ケアをする側からケアをされる側になったという事を受容できていなかったとも。

2年ほど後、耳下腺がんが再発し再手術をした頃、同病の仲間と出逢った。
自分の困り事が、仲間と同じ「あるある」と一緒に笑い合え、「一人じゃない」と思えたことで生きる勇気をもらった。

社内起業チャレンジ制度への応募


特に「舌はないけど猫舌ですがなにか?」というブログを発信していた猫舌さんとの出会いが大きいですね。
そんな仲間との出会いが、社会課題へのチャレンジの原点です。
起業をするなんて当初は想像もしてなかったんです。
こういうものやサービスがあったら生活がしやすくなるのになあ、と話す時間が楽しかった。
それが、私たちの考えている「ピアメイド」(※3)の原点だと思います。
(※3)「ピアメイド」:柴田氏の造語。同じ悩みを抱える仲間たちによるデザイン


関西電力の関連病院に勤務していた柴田氏。
同社が展開する「かんでん起業チャレンジ制度」に応募し、見事採択される。
採択にあたってのエントリー段階から、仲間の存在は大きかったという。
同じ希少がんの舌下腺がんを患い舌を全摘出した荒井里奈さんもそのうちの一人。
荒井さんは猫舌さんというハンドルネームでブログなどで発信をしていた。

柴田氏とはまた違う視点での、当事者ならではの意見やアドバイスをもらったという。
起業チャレンジへの挑戦は、まずは自分たちが課題と感じていることを伝えることからチャレンジしようと一歩踏み出したものだった。
当事者だからこそ気づけた視点での商品やサービスを世の中に出すことでどんな状況の人でも社会からの疎外感を受けることなく過ごせるように。
その一つが iisazy(イイサジー)スプーン・フォーク
いい匙(さじ)加減という意味をこめたネーミングだ。

食べるよろこびを感じるきっかけを作りたい。仲間と起案した事業で、がん患者の「食」にアプローチ


ものを作るだけが目的ではない。一人じゃないと思えるコミュニティの力を発揮


iisazy(イイサジー)は仲間たちと新潟県燕市の職人さんの想いが込められた、世界に誇れる商品です。
私たちの「ちょうど良い」を実現したとも言えます。
しかし、私たちはスプーン・フォーク屋さんではありません

商品化されたiisazy(イイサジー)スプーン・フォークは、オンラインショップをはじめ、百貨店や企業ノベルティなどで累計2万本以上を販売した。
少しずつ認知が広がり売上は維持できてきたものの、伸び悩んでいた。
しかし、目先の売上にとらわれすぎず、人と人とのつながり・ご縁を大切にしていくことが事業において重要であるという想いは揺るがなかった。
そのためコミュニティを通じた事業に力を入れ、企業価値を磨きながら事業成長をめざそうと考えた。
2022年のチャレンジはその想いと覚悟を世に発信したものだった。
そして女性起業家の最大組織 「J300」(※4) アワードに応募し、見事大賞に輝いた。
(※4)J300:2009年よりスタートした日本最大級の女性起業家のための祭典


実は本原稿の筆者は、このアワードへの推薦者である。
柴田氏とは2021年にオンラインイベントの登壇での共演をきっかけに、催事でご一緒する機会もあり懇意にさせていただいていた経緯がある。
猫舌堂の事業もさながら、柴田氏のその人柄を知り是非に!と推薦させていただいたのだ。

授賞式でも「ただものを作って売るだけではない、課題解決法を考えていきたい」と語っていた事を思い出す。
審査員の総評として、ただの物販ではなくコミュニティ創造と運営を基軸にしているところが評価された。
マイノリティだけでなくマジョリティからも理解をされたようで、推薦者としても非常に喜ばしかった。

食べるよろこびを感じるきっかけを作りたい。仲間と起案した事業で、がん患者の「食」にアプローチ



旅立った仲間、そして「一人じゃない」


起業に至るまでのプロセスで仲間の存在はとても大きく「一人じゃない」と思え、勇気をもらいました。

ピアメイドという考え方でもの作りをする上で、社外でのつながりがある仲間の存在はとても大きかったという。
経験したからこそ知った大切なつながりの中で、まずはプロダクトを形にしたいとコミュニケーションを深めた。
先に旅立った仲間たちからもらった「つながりは力となる」「一人じゃないよ。一緒に生きよう」
この言葉を胸にすすんでいこうと思っている。

自分も感じた「一人ではない」という意識を、他の人にもつないでいきたいと語る。

また、看護師をしていた頃はケアをする側、しかしがんを患ってからはケアをされる側となった。
2つの視点を持っているからこそ気づくこともあるという。
病気を患うことによる自己肯定感の低下や、何とも表現のしようもない理不尽さ。
一人でモヤモヤしていた頃は、うまく言語化することができなかったという。

だが、仲間と出会い話を共有したり、体験を共有することでそのモヤモヤは解消されていったという。
猫舌堂でリリースしたスプーンやフォークや箸といったプロダクト「iisazy(イイサジー)」
その開発中、仲間ともっともこだわったのは「社会にとけこむデザイン」

自分だけが特別ではなく、一緒に食事の時間を楽しめるように。
食べるよろこびは、社会とのつながりが大きく影響していると実感し、本質的なところであると考えているからだ。
ただ単純に食べやすさを求めるのではなく、その元となる本質的な部分を大切にしたいと語り合ったという。

看護していた頃は食べやすさや効率を重視していたけれど、自分が当事者になって初めて気がついた機能性に加えたデザイン性。


ブランドとしての猫舌堂


起業して3年半の学びを生かして新しい仲間と一緒に次のステージにチャレンジします。

2023年8月。M&Aによりご縁がつながった仲間たちと一緒に、新しい組織で猫舌堂ブランドを磨いていくことになった。
組織変更に伴い柴田氏自身も代表という立場ではなくなり、ブランディング面や当初から目的としていたコミュニティ活動などを中心にコミットしていく。
猫舌堂を立ち上げた際から一貫してコミュニティの重要性を推進してきた。
がんと食のテーマを中心に、企業や団体との協働にも力を入れていきたい。
またコミュニティカフェの構想も視野に入れ、スモールステップで個人の活動も始動しているという。

人とのつながりや縁を大切にする柴田氏。
事業立ち上げの際には、予算実績管理やプロダクト開発、販路開拓など、看護師としてのスキルとは別の軸で動くことが多かったという。
実際、ビジネスの事がわかっていないように思われて悔しい思いをしたことも。
しかしながら、看護師という職業はオールマイティな動きや思考を必要とされる。
ビジネスとリンクするところも多いという。


今後は、自分の強みである24年間の看護師経験というスキルを生かしつつ、「人と人との関係を大切にする」という想いを真ん中に事業を展開していく。


食べるよろこびを感じるきっかけを作りたい。仲間と起案した事業で、がん患者の「食」にアプローチ



株式会社 猫舌堂
本社:大阪市北区中之島3丁目6番16号 関電ビル3F
オフィシャルサイト:https://nekojitadou.jp/






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